【デザイナーズノート】『ふるよに』の仕組みはジャンルか
剣に焦がれ、悪魔に囁かれた闘士よ。
白き夢の入口へようこそ。
この連載ではBakaFireのデザイナーズノートを通し、『ドリームテーゼ』の断片を幾つかお伝えします。
本日のテーマは「トークンデュエルの再現性」です。
話題の性質から、今回は『桜降る代に決闘を』を遊んだ経験があると読みやすくなります。そして1作のゲームを越え、ゲームデザイナーとしての野望を恥ずかしげもなく語る記事でもあります。予めご承知おきくださいませ。
『ドリームテーゼ』では、1種類のトークンがボード上のどこにあるかで戦いの趨勢が表現されます。

これは拙作『桜降る代に決闘を』と同じ構造であり、意図的にそうしています。私はその構造にジャンルと呼べるだけの力があるのだと示そうとしているのです。

整理しておくと『桜降る代に決闘を』には2つのジャンル性があると私は考えています。1つ目はいわゆるデッキ構築であり、そのジャンル性はすでに確立されています。しかしもう1つ、1種類のトークンで盤面を表現するというあり方もまた、狭義のジャンルとしては有意義な構造となっていると私は信じています。
僭越ながら私はその構造をトークンデュエルと読んでいます。そこには大きく3つの特徴があります。
- 2人対戦のTCG、LCG的な体験を志向したゲームであること
- デッキが小枚数であり、小枚数にしている動機があること
- ボードに配置された1種類のトークンが状況を表現し、それにより盤面の多様性を担保していること
※ゲームの設計次第で部分的に定義を崩す可能性は幾らでもあります。
『桜降る代に決闘を』で説明しましょう。1は明白として、2と3はどうでしょうか。
『桜降る代に決闘を』の山札は7枚(デッキは10枚)なので2を満たします。そして小枚数であるからこそ、相手の使うキャラクターを見たうえでデッキを組む「眼前構築」が成立しています。10枚だからこそ現実的なのであり、30枚、40枚のデッキを咄嗟に組めといわれても困ってしまうでしょう。
そして2を満たすと別の問題が生まれます。表現は狭まり、繰り返しは増え、同じ盤面、同じ体験に陥りやすくなるのです。3はそれを解消するための手段です。ボードとトークンを通して多彩な意味を与え、カード以外で盤面を広げることで面白い綾が生まれやすくなっているのです。『桜降る代に決闘を』を遊んでいるならば、あとオーラが1あればといったような綾は何度も体験したのではないでしょうか。
『ドリームテーゼ』もまた、1から3までをすべて満たしています。1と3については『桜降る代に決闘を』と概ね同様です。
2について説明しましょう。『ドリームテーゼ』の山札は8枚であり、初期デッキは人間のカード7枚と、共通のデモンカード1枚から始まります。そして悪魔と契約するごとに人間のカード1枚を失い、強力なデモンカードを得られます。
一方で人間のカードには、リソースを使える状態にするという重要な役割があります。結果としてデッキ内における人間のカードとデモンカードの比率が重要になっています。
従って『ドリームテーゼ』はデッキの枚数が少なくなければなりません。1回の契約で比率を大きく動かせなければ、契約に重さを与えられないからです。これが2の動機です。
『桜降る代に決闘を』でトークンデュエルが機能しているのは、10年の歴史が証明しています。しかしそれが複数のゲームで働くような有意義な構造であるかはまだ示されていません。そしてもし『ドリームテーゼ』が十分に面白ければ、トークンデュエルはジャンルとしての有意義さをもう1歩示せたと言えるでしょう。
本作はそんな私の野望に向けた1作でもあります。これは果たしてジャンルと呼ぶに足る構造か。皆様の慧眼にて判じていただければ嬉しい限りです。
